本堂をはじめとした伽藍はたびたび放火にあっていて、現在の本堂は寛永10年(1633年)、徳川家光の寄進により再建
もともと「サッポロ」は現在の豊平川にアイヌの人々がつけた名で、その流路一帯の地名にも転用されたものであるとされる